Vacation in the Sunset Beach
大北湊アンソロ 再録
ざざ、ざざん、と暖かい波が足元を行き来する。
ゆっくりと踵が砂の中に埋もれていくのを見ていると、いつの間にか大崎さんが横に立っていた。
「このままここにいたらさ、いつか海に攫われちゃいそうだよね」
彼はそう言いながらぐりぐりと爪先を砂の中に埋める。溢れた砂の中から、小さなカニが飛び出してきた。
「わあ、カニさん、ごめんね!」
長い総選挙期間も終わり、僕たちはバカンスも兼ねて神奈川のビーチに来ていた。とは言っても、実は日中にこのあたりで元エンターテイナーブロックでのロケがあり、翌日から休暇を合わせていた僕と大崎さん、湊さんがそのまま残った形だ。
「湊さんは?」
「なんかホテルで着替えてくるって言ってたよ!」
「確かに、ちょっと着替えたくなりますよね」
海沿いに一日中いたせいか、剝き出しの腕を撫でると潮風でべたついた感じがした。僕は速乾素材のトレーニングウエアを着ていたのであまり不快感はなかったが、ややかっちりしたポロシャツを着ていた湊さんはきっと服を着替えたくて堪らなかっただろう。
湊さんに連絡したほうが良いかな、と思いスマホを眺めていると、隣にいた大崎さんが「魚が見えた」と言ってずぶずぶと海に入っていく。膝のあたりまで波が来ていて、ハーフパンツの裾が濡れてしまっている。
「大崎さん、危ないからあんまり海に入っちゃ……」
そう言いかけたところで、彼は波に足をとられて転んでしまう。勢いよく海に尻もちをついていて、跳ね返った飛沫で頭までびちゃびちゃになった。
「うわ、大丈夫ですか?」
「あはは! しょっぱい!」
僕は右手に持っていたスマホを慌ててポケットに放り込み、大崎さんに手を差し伸べる。
「びしょびしょですね、ポケットの中に濡れて壊れるもの入っていませんでした?」
「うん! あーあ、魚捕まえられなかったや」
ずぶ濡れの大崎さんの手を引いて海から出る。浅瀬ではあったが、こんなに濡れてしまっては街を歩けそうにない。
「僕たちも一旦お部屋に戻りましょうか、夕食に行く前にシャワーを浴びて着替えなきゃ……服の予備はありますか?」
「母さんが入れておいてくれてるかも?」
「まあ……一緒に荷物を見てみましょうね」
大崎さんのお母さんのことだ、きっと何枚か予備の着替えを持たせてくれていることだろう。なかったらホテルの売店で売っていたお土産用のTシャツを買えば良いかな。
大崎さんをビーチ側にあるホテルのエレベータ前に待たせ、僕はフロントでバスタオルを借りてくる。ふわふわとした厚手のタオルを二枚ほど抱えて迎えに行くと、大崎さんは着ていたシャツを脱いで水を絞っていた。
「何回絞っても海水が出てくるよ!」
そう言いながら、ビチャビチャと水を足元に滴らせる。
「お洗濯してから乾燥機にかけましょう、僕も自分の水着を洗いたかったのでちょうど良かったです」
大崎さんの肩にバスタオルをかけて、わしわしと拭う。エレベータのボタンを押すと、目の前のドアはすぐに開いた。
「さあ、お部屋に戻りましょう、湊さんも待ってますよ」
部屋に戻ると、電気が付いていたのにやけに静かだった。カードキーも電源ホルダーに刺さったままだから出かけていないはずだし、洗面台を使っているような気配もない。おかしいな、と思い部屋の奥を見てみると、湊さんがベッドの上で丸まって寝ていた。
「お疲れだったんですねえ……」
「寝かせておいてあげようか」
大崎さんはそう言いながら服を脱ぐ。カーペットに水が染みるのを見て、僕はあわててタオルを差し出した。
「洗面所で脱ぎましょうね! 服は置いておいてもらえたら、僕が後でランドリーに持っていきますから」
「はーい!」
ぱたぱたと雫を振り撒きながら大崎さんが洗面所に向かう。僕は壁に掛かった水滴を拭いつつ、ビーチサイドのホテルだし少しくらいは大丈夫かな、なんて思いつつ彼の後を追った。洗面台で大崎さんの服を絞っていると、大崎さんはぷるぷると体を振るわせてくしゃみをする。
「へくちッ」
「体がすごく冷えてますね、早くシャワー浴びましょう」
「うん……」
お風呂場のドアを開けて大崎さんを連れ込む。湊さんが奮発してスイートルームを取ったので、ユニットバスじゃないちゃんとしたお風呂だ。大崎さんを風呂の椅子に座らせて、シャワーの温度を調節する。
「北くんは浴びないの?」
「僕はまだ色々やることがありますから、夜になったらまた三人でお風呂入りましょうね」
「わーい! 楽しみだなー!」
水温がちょうど心地よい温度になったのを確認して、大崎さんにシャワーを渡す。
「じゃあ、僕はランドリー行く準備してますから、ゆっくり温まってくださいね」
「ありがとう!」
大崎さんが頭からお湯をかぶったのを見守ってから浴室を出る。大崎さんの濡れた服をカゴにまとめていると、ふにゃわあんと間延びした欠伸の声が聞こえた。
「大崎くん、北くん、いるのー?」
「おはようございます、湊さん」
「うあ、今何時だろ……」
「まだ五時ですよ」
そう言いながら寝室に向かうと、どたばたと音を立てて湊さんがベッドから転げ落ちた。
「昨日の⁉ 今日の⁉」
「ええと、今日はまだ今日ですが……大丈夫ですか?」
湊さんを起こしてベッドに座らせる。彼はわたわたとスマホを探して、日付を確認していた。
「ああ、よかった、俺まさか丸一日寝てたかと思って焦っちゃった」
そう言ってまたころんとベッドに横たわる。窓の外からは夕焼けが近いせいか、少しだけ色味が濃くなった日差しが燦々と差し込んでいる。
「ふふ、朝と勘違いしちゃったんですね」
「夕ご飯もまだだよね? よかった……」
僕もベッドに腰かけると、安心したのか湊さんがぎゅうと腰のあたりに抱きついてきた。そのまま膝枕の形に収まったので、頭を撫でる。
「昼間のロケで疲れちゃってさ、楽しかったけどやっぱり若い子の体力には付いていけないなあ」
今日は高良くん、空蝉くん、蜂谷くんを含めた元エンターテイナーブロックの六人で神奈川の名所で巡るというロケだった。数年前に新型車両が導入された相模線に乗って、各駅のおいしいものや観光スポットを紹介する番組だ。新型車両は四両編成の短いものだが、湘南の海と水しぶきをイメージした爽やかなカラーリング。ブロックのメンバーで一番電車に詳しいのは僕だったから、車両について解説させてもらう機会を貰えたのも嬉しかった。
「みんなまだ若いですもんね、僕も圧倒されてしまいました」
「とっても可愛かったけど、さすがに十五歳も年下だとついていくので精一杯かも……烏鷹さんはすごいなあ」
そもそも二十歳と三十五歳、三十五歳と五十八歳では同じような年齢差でも性質が全然違うのでは……と思ったが、あまり掘り下げると湊さんのことを若くないと言ってしまうことになるので、僕は黙ったまま彼の肩を揉んだ。
「お、きもちいいそれ」
「このあたり筋肉が張ってますね」
「後でゆっくりお風呂入りたいなあ、大崎くんはいまシャワー浴びてるの?」
「浜辺で転んで濡れてしまって……」
「ええ、大丈夫なの?」
湊さんがそう言うのと同時くらいに、大崎さんがバンと勢いよく洗面所の方から飛び出してくる。
「大丈夫です! でも服がびちょびちょになっちゃいました!」
頭からぼたぼたと水を垂らしながら、何も着ていない全裸のまま。湊さんはちょっと呆れたように笑う。
「ちゃんと拭いてからおいで、風邪引いちゃうよ」
「はーい」
大崎さんは元気に返事をしてまた洗面所へ戻っていく。このあと外に出るし、しっかり乾かした方が良いなと思い、僕はドライヤーをかけるのを手伝ってあげようと立ち上がる。すると湊さんも洗面所に一緒についてきて、スイートルームの広い洗面所が男三人でぎゅうぎゅうになった。
「俺も歯磨かせて」
「あはは、せまーい」
「ちょっと、順番にしましょうよ」
そう言ってみたが湊さんは出ていく気配もなく、アメニティの歯ブラシで歯磨きを始める。しょうがないな、と思い僕は大崎さんを椅子に座らせて頭をタオルで拭いてあげる。湊さんは僕たちを見ながら上機嫌そうだ。僕も、何だかんだこの状況を楽しんでいる。
「ご飯食べたらさ、夜の海を見に行きたいなあ」
「転ばないように気を付けてくださいね」
「大丈夫、三人で手繋いで歩くから!」
それって俺たちも道連れになるやつじゃん、と湊さんが困ったように笑う。僕はドライヤーで大崎さんの髪を乾かしつつ、そうなったら僕が二人を担いでホテルに戻りますから、と言って一緒に笑った。