アイドルの日常見せてください!
湊が結婚ドッキリで修羅場になる話
「解散ドッキリ?」
バラエティ番組の収録も終わり、控室で余りの幕の内弁当を食べていたところ。番組のプロデューサーが俺の隣に座り、次の企画を持ち掛けてきた。
「そう、解散ドッキリ。盛り上がりそうじゃないですか」
俺はちくわの磯辺揚げをむしむしと食べながら考える。
「解散ねえ、俺あんまりそういうの好きじゃないなあ」
「数字取れると思うんですけど」
他の番組でも……と、色々な例を出して俺を口説き落とそうとするプロデューサーの話をふんふんと聞き流しながら、お弁当を食べ進める。今日は泊まり勤務明けのままテレビの仕事が入っていて、お昼ご飯を食べ損ねていたのだ。お弁当特有の、割り箸でしっとりしたおかずを掴むチープな感じが俺は好き。暖かいご飯も良いけど、お弁当のこういう冷えてギュムと固まったご飯は風情がある。
「びっくりさせるならもっと、ポジティブな内容が良いと俺は思うなあ」
俺の言葉に、プロデューサーがうむむと唸りながら頭を捻る。沢庵の最後のひとかけを齧っていると、彼は手を叩いて大声を上げた。
「そうだ、結婚ドッキリはどうですか? 湊くん、どうせ結婚しないからちょうど良いでしょ」
「ちょっとお、酷いこと言わないでくださいよ~」
実際しないし、する気もないけど。自分で言うのと他人に言われるのは違くない?
お弁当も食べ終わり、ドッキリについて詳しく話を聞いてみる。まあ、それくらいならやっても良いかなという内容だった。後輩を一人居酒屋に呼び出して、俺が結婚するんだという話をする。そのリアクションを固定の隠しカメラで撮るというものだった。多分、呼び出すのは大崎くんになるだろうな。すぐにネタを明かして、嘘だよと言ってあげれば大丈夫か。
正直、少しだけ興味があった。大崎くんと出会って八年、そして今のような関係性になってからは五年。彼と関係を持ちながらも、お互い合コンに呼ばれれば行くことはあったし、そのままなし崩しで女の子とどうにかなることも、実際あるにはあったのだ。大崎くんもそれは知っている。そういう風に自分を雑に扱わなくなったのは、俺がアイドルになってからだろう。大崎くんはいつも、湊さんはモテていいなあ、と言っていた。俺は別にモテたくなんかなかったし、ただ場の雰囲気に飲まれていただけで、流されてするセックスだって好きではなかったんだけど。
流石に今の関係性で「結婚する」って言ったら、大崎くんもきっとびっくりするだろう。北くんの反応も気になるところだけど、こういうことを言ったら本当でも嘘でも、すごく怒りそう。こんな下らないことで怒られるのはイヤだ。この際、北くんにはドッキリに出ることも言わないでおこう。
「じゃあそういうワケで、また細かい調整は連絡するんで」
「はーい、お疲れ様です」
部屋から出ていくプロデューサーを見送り、俺も荷物をまとめる。今日はもうこのまま家に帰るだけだった。
テレビ局の駐車場に向かう途中で、北くんから連絡が入る。ユニット練習のスケジュールについての連絡だった。予定を確認して返事を打っていると、プライベートで大崎くんを合わせて三人で会う日についても聞かれる。ユニット練習はできるだけみんなで休みの日を合わせて、プライベートはいつでも大丈夫だよ、と返事をする。既読マークはすぐ付いたが、返事を待たずにスマートフォンをリュックに入れて車に乗り込んだ。
カーオーディオでラジオを付けると、ちょうど結婚式でよく聞く有名な洋楽が流れていた。俺はカーナビをセットしながら曲に合わせて歌う。そういえば最近は結婚式に呼ばれることもなくなってきた。何年か前までは年に四、五回は人の結婚式に呼ばれて、回収できる目途の立たないご祝儀を支払うことを悲しいと思ったものだけど。
そうして思い至る。そうだ、俺だってご祝儀を回収する側に回っても良いのだ。大崎くんと北くんと三人で、どこかのホテルの披露宴会場を貸切って知ってる人をみんな呼ぼう。結婚式の真似事をして、ご祝儀を貰うのだ。三人ともゲストを呼ぶから、きっと普通の結婚式よりたくさんの人が集まるだろう。一人三万円と考えて、えっと、これはすごいことになるぞ。俺はこれまで払ってきたご祝儀を回収することができる! そんな突拍子もない妄想をしながら、さて結婚ドッキリとはどうしたものかとぼんやり考えていた。まあ、相手は大崎くんだし、なるようになるかな。
「僕、何にしようかな、クリームが乗ったアイスカフェラテが居酒屋で飲めるなんて、湊さんお店選びのセンスがさすがですねー!」
大崎くんは注文用のタブレット端末で期間限定メニューを見ていた。俺はアハハと曖昧に笑って、居酒屋の個室に忍ばされている隠しカメラから目を逸らす。
今日は、例のプロデューサーから楽屋で言われたドッキリ番組の撮影だ。途中で大崎くんにバレてしまわないように、俺はカメラと別室で控えている番組スタッフたちの存在を意識の外に追いやろうとしていた。こういう番組に出ることはたまにあったが、だいたいが仕掛けられる側だし、こんな風に一対一でプライベートを装ってする撮影は初めてだった。出演を快諾したのは良いが、プライベートの撮影ともなるとかなり緊張する。俺と大崎くんと北くんの関係は、いつも会う気心の知れた駅員仲間と、一部の親しいスタッフの人たちには公然のものだったが、今日来ているようなアシスタントさんや音声さんの中には知らない人たちも多いだろう。ましてやテレビで番組を見る一般の視聴者たちは、そもそも俺たちのことさえ知らない人もいるはずだ。反応が面白そうだからと大崎くんをターゲットにしたが、成り行きで俺たちの関係が全国ネットでバレてしまったらどうしよう、と撮影内容ではないところに神経をすり減らしていた。大崎くんはというと、個室居酒屋という環境にハシャいでいる。バーはたまにユニットメンバーに連れられて行くことがあるが、こうした居酒屋にはあまり縁がないらしい。
「えっとー、梅水晶と、から揚げと、肉寿司と……」
大崎くんはタブレットをタッチして、次々と食べたいメニューを注文一覧に追加していく。
「俺、生お願いね」
「はーい、湊さんはいつも生が好きですね!」
「あー、うん、好きね、そうなの」
大崎くんの言う生が一体どっちの意味だろうと思いつつ、深くは突っ込まない。下手に墓穴を掘る場面を撮られて、困るのは俺自身だ。生は好きだけど、ビールもエッチも。
ひとしきり選び終わったようで、大崎くんがタブレットを渡してくれる。俺は塩もみきゅうりと煮卵を追加して、注文ボタンを押す。今日のレッスンはどうだったとか、最近ネットで見た面白い動画の話なんかを他愛もなく続けている。本題を切り出すタイミングが難しいな、と思った。そのうちに飲み物と、簡単なおつまみがテーブルに並んだ。
「とりあえず、今日もお疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー!」
コン、とグラスを軽く合わせて乾杯する。このあとうまくやらなければ、という緊張からか、思ったより一気に飲み干してしまった。大崎くんが頼んだ梅水晶をつまみながら、おかわりを頼む。酒の勢いに任せてどうにかなったら良いけど。
二杯目のビールもすぐに来て、俺はあくまでも自然な仕草に見えるよう、わざと頬杖を付いて話を切り出した。
「そういえばさあ」
「はい!」
大崎くんはスマートフォンで誰かと連絡を取っていたようだが、パッと画面を机に伏せて俺のほうを見た。飼い主の指示を待っている大型犬みたいなところが、本当にかわいい。心臓が早くなるのを感じる。アルコールのせいではないと思う、多分。これからすることは、大崎くんの俺への愛情を試すみたいでちょっとだけ罪悪感があった。
「俺、結婚しようと思ってて」
自然に言えただろうか。ドキドキしすぎて、無駄に箸で掴んだキュウリを持ったり置いたりしてしまう。
「え! 湊さんが?」
大崎くんは目を真ん丸にして身を乗り出した。
「それって僕た……」
「相手は上司の娘さんで! ちょっと前に知り合ったんだけど!」
大崎くんが喋る前に慌てて言葉を遮る。思いがけず、嬉しさに身体が震えた。それって僕たちとですかって、きっと大崎くんは言おうとしたんだろう。俺が遮っちゃったけど。大崎くんの頭の中には、さも当たり前に俺たち三人の未来があるんだ。なんてカワイイんだろう。全部終わったら、今夜は大崎くんと北くんを俺のマンションに連れ込んで三人でお互いをめちゃくちゃにしあいたくなった。プロデューサーと考えたシナリオに沿って、俺はつらつらと嘘を吐く。
「上司の家のバーベキューに呼ばれてさ、そこで知り合って、色々あって付き合うことになったんだけど」
「僕、聞いてないです」
「言ってないからねー……」
大崎くんが不安そうに俺を見つめる。直ぐにでもネタばらしをしてあげたい気持ちと、もう少しだけこのまま、中々見ることができない大崎くんの困り顔を見ていたい気持ちが半々にせめぎ合っていた。
「俺の両親もそろそろ結婚しろってうるさくてさあ、だからいっそのこともう、しちゃおうかなって思ったの」
上司の娘さんなら安心じゃない?とわざとらしく言ってから、摘まんでいたキュウリをポリポリと齧る。そうしている間に個室の引き戸が開いて、店員さんがメニュー写真より幾分か小ぶりな肉寿司と、キャップを目深に被ったガッシリした体格の男の子を連れて来る。
「その話、詳しく聞かせてくれますよね?」
店員さんが出ていくと、北くんは大崎くんの隣に座ってキャップを外す。乱れたふわふわの前髪を手櫛で軽く整えながら、ニコニコと俺を見つめているが、その目の奥は一切笑っていなかった。こんな北くんは初めてだ。これは、想定してたのを越えてかなりヤバいことになってしまったな。
「で、湊さんはどうするんでしたっけ?」
「えっと、結婚をしようと思っててぇ……」
「へえ、湊さんがですか、それはおめでとうございます」
完全にヤバい。別れた元カノのサブスクにタダ乗りしていたのがバレた時も、ここまでじゃなかった。北くんの発するプレッシャーのせいか、大崎くんがぽろぽろ涙を零し始めた。北くんは少し驚いて、だが直ぐに大崎くんの背中を撫でて慰める。あゝ、俺のかわいい後輩たちが、自発的に助け合っている。なんて美しいんだろう。
「可哀そうに、大崎さん」
「僕、湊さんは、結婚ダメだと思うんです……」
「そうですね、僕もそう思います」
「貯金はないし、思ったよりお金遣い荒いし、お酒ばっかり飲むし、ワケ分かんないサブスクいっぱい入ってるし……」
それは、もう仰る通りなのでございます。サブスクの件は、北くんに怒られた時にあらかた解約しました。見ない動画サイトに毎月三千円払ってたので、俺は年間三万六千円も損をしていたバカなのです。
「湊さん、今一度ご自身でしっかり考えてみてください」
「はい……」
北くんが大崎くんの肩を抱きながら、改めて俺に向き直る。その瞳は真剣だった。
「責任、取れますか?」
北くんと、大崎くんと、この先にある全ての人生の責任について問われているのだろう。もう俺は限界だった。立ち上がり、事前に教えられていた部屋の隅にある隠しカメラに顔を近づけて言う。
「もう無理です、本当、スタッフさん助けてえ」
二人は怪訝そうな顔で俺を見ている。そりゃ、そうだろう。その時引き戸が開き、カメラやマイクを担いだスタッフさんたちが入ってきて、狭い居酒屋の個室は人でぎゅうぎゅうになる。
「日曜バラエティ『アイドル(あなた)の日常見せてください』です!」
「ド、ドッキリでしたぁ~……!」
俺は立ち上がったまま、へろへろと大崎くんと北くんの座っている真ん中にへたり込んで、両手で目を押さえる。余りにも疲弊していた。ドッキリって、やる側はこんなに疲れるものなんだ。
「湊さん、上司の娘と結婚しないです?」
大崎くんが顔を覗き込んでくるのが、指の隙間から見える。
「しないよ~……」
北くんは大きく溜め息を吐いて、その場で頭を抱えていた。番組のスタッフたちが二人に声を掛ける。
「結婚って聞いた時、どう思いました?」
カメラを向けられた北くんはホケッとした顔をしていたが、すぐに仕事用の笑顔を浮かべて(しかし、苦笑いだ)答えた。
「えっと、湊さんはとても頼れる先輩なんですが、色々と不安なところが多くて……人生を左右する結婚、しかも上司の娘さんとのことだったので、全力で止めさせていただきました」
スタッフたちはその答えを聞いて、満足そうに笑う。撮れ高上場、といったところだろうか。俺も一先ず胸を撫でおろす。どうでしたか、と俺にもカメラが向けられたので、バカみたいに情けない声を出してみせた。
「改めて、いつも一緒にいる後輩たちは、俺のことよく分かってるんだなと思いました」
『正解は≪後輩に詰められる≫でしたー』
テレビの中では、ゲストのアイドルが俺たちの映像を見ながら各々フリップに書いた回答を出していた。
「あはは、湊さんすごい焦ってた」
大崎くんは電子レンジで作ったポップコーンを食べながら、上機嫌そうにテレビを指差して笑う。本当は見たくなかったけど、俺たちは三人集まって俺のマンションのリビングでこの間収録したドッキリ番組を見ていた。編集で切り取られた俺たちのパートはたった十分程度だったけど、体感それ以上に長く感じられた。三人でぎゅうぎゅうにソファに座り、俺は手持無沙汰に胸の前でクッションを抱き締める。
「本当、大崎くんだけにドッキリやって無事に終わるかと思ったら、なぜか北くんが来ちゃうし」
そう言って少し恨めしそうに大崎くんを見ると、彼は「あ!」と大きい声を出した。
「僕、あの時本当は北くんと連絡してて、いきなり北くんが来たら湊さんもびっくりして喜ぶかなって思って黙ってたんです」
「わあ、大崎さんも湊さんを驚かせようとしてたんですね」
二人は俺を挟んできゃっきゃと盛り上がる。そりゃあ、突然来たら驚くし嬉しいけど。
「もう、俺たちはお互いにドッキリ禁止ね」
「番組でも?」
「番組はなおさら!」
そう言って口を尖らせると、二人はクスクス笑い合いながら唇を啄むようなキスをしてくる。もう少しだけ不機嫌なふりをしてから、このドッキリのついでに思いついた壮大な「ご祝儀回収計画」を二人にも話してあげよう。
きっとびっくりするぞ、と思ったが、自分でドッキリ禁止と言っておいてすぐに驚かせるのもどうかなと思い直して、今日のところはただ二人にされるがままおとなしく身を委ねるだけにした。