GOOD MORNING TO ALL
大北湊合同誌再録
わあ、牡羊座が一位だってよ、と向かいに座る湊さんがテレビの占いを見て言った。隣では北くんがバナナの潰したやつをプロテイン入りのヨーグルトに混ぜていて、僕はそういえば自分を含めてここにいるみんなが同じ星座であることにその時初めて気が付いた。
今日のラッキーカラーはマリンブルー。占いコーナーは終わり犬のようなマスコットキャラクターが出勤する視聴者に向け、いってらっしゃいと手と尻尾を振っている。
「マリンブルーって湊さんの色じゃないですか、湊さんは今日のラッキーボーイですね!」
「俺もうボーイを自称して良いトシじゃないよぉ」
「ミドルというにもまだ早いですし、三十代半ばって表現が難しいですよね」
そうなんだよーと北くんに相槌を打ちながら、湊さんが席を立ち、カウンターキッチンに向かう。チン!と軽快な音がしてトースターから食パンが二枚飛び出した。
「大崎くん、パンに何塗る?」
「マーマレードまだあります?」
あるよーと間延びした声を出しながら湊さんが食パンを皿に盛り、俺もこれでいっかと冷蔵庫から淡いオレンジ色の瓶を取り出す。白いお皿は去年みんなでシールを貯めた、春のパン祭りの大きなやつだ。リビングには焼き立てのパンの良い匂いが漂う。
僕は手を合わせいただきますをして、パンを齧る。隣には北くん、向かいの席には湊さん。今日は北くんだけが出勤なので、準備ができ次第、僕と湊さんでお見送りをするつもりだ。
「京浜東北線でもさ、二十分くらいかかるでしょう?
八時くらいに出れば間に合うと思うよ」
まだ七時少し過ぎなので、余裕はある。北くんはそろそろヨーグルトを食べ終わりそうな頃合いだった。見ると頬に少しだけヨーグルトが付いていたので、僕は手を伸ばして北くんの顔を引き寄せる。
「ヨーグルトがついてるよ」
「え、どこに」
北くんが言い終わる前に、僕は彼の頬を舐める。北くんの澄んだ瞳に僕が映り込んで、それがなんだか愛しく感じて、歯磨きもまだなのにそのまま軽いキスをする。
「顔、もう一回洗っておいでよ」
そう言うと北くんは恥ずかしそうにはにかんで笑った。洗面台、使いますねと言って席を立つ北くんを見ながら、僕は牛乳がたっぷり入ったカフェオレを飲む。湊さんはそんな僕たちを見て嬉しそうにしていた。
「かわいいねえ」
「そうですね、やっぱり後輩はかわいいものです」
「二人ともかわいいよ」
湊さんがパンを齧ると、零れ落ちたマーマレードジャムが細い指にどろりと垂れた。彼はそれをそのまま赤い舌でぺろりと舐め取る。
「ん、あまーい」
僕は心臓がざわざわしたように思った。昨日の夜、僕たちにたくさんキスを与えてくれた湊さんの舌が、そんなことすっかり忘れてしまったかのようにオレンジ色のジャムを抄う。
昨日は三人でとても楽しく過ごした。前から約束していたお泊りの日で、三人一緒に夕飯の買い物に行って、その後みんなでご飯を作って、お風呂だって三人で入った。そうして夜にはキスをしたり、触りあったり、そういう風に僕たちは大いに楽しんだ。
今はもうすっかり朝で、窓から差し込む陽の光はこんなにも眩しいっていうのに、湊さんを見ていると、まだ夜が僕の近くにいるみたいだった。まるで街中で出会った人が、初対面だと思ったのに実は中学の同級生だった時みたいな、そんな不思議な感覚だ。
「大崎くん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないです」
食べかけのパンを持ったままぼうっとしていたら、湊さんに心配されてしまった。僕は残っていたトーストを、口を大きく開いてぱくりぱくりと平らげる。湊さんのおうちで食べるパンは六枚切り、うちのお母さんが買ってくるパンは八枚切りだから、いつもより少し分厚い。
歯を磨こうと洗面台に向かうと北くんが髪の毛をドライヤーでセットしていた。洗面所の右側の棚には、上から僕、真ん中に湊さん、一番下に北くんの整髪料やブラシが仕舞ってある。北くんは黒い自分のブラシで髪の毛を梳かしながら、ぶおおと大きく音を立てるちょっと良いドライヤーで前髪のハネを直していた。僕が隣に立つと、北くんはドライヤーの電源を落とす。
「使います?」
「ううん、歯磨くだけだから大丈夫だよ」
「すみません、もうすぐ終わりますので」
そう言ってまたドライヤーのスイッチが入る。出勤の人が最優先だから、焦らなくていいのに。そう思いながら歯ブラシに歯磨き粉を付ける。うちのと違って、つぶつぶして、スースーする湊さんのおうちの歯磨き粉。
「ゆっくりでいいよ」
右手で歯を磨きながら、左手で北くんの肩をそっと撫でる。硬くて、密度の濃い鍛えられた肉体。彼の努力が感じられて、すごく素敵なものだな、と改めて思った。僕はこの感触が好きで、つい彼の体に触ってしまう。
「北くんの肩回りの筋肉、とっても良いよね」
僕の歯磨きが終わるのと、北くんのドライヤーの電源が落ちるのとほぼ同じくらいだった。北くんは得意げな顔をして笑う。
「そうでしょう!大崎さんだって素質がありますから、僕と一緒に筋トレすればきっと素晴らしい仕上がりになると思うんですよね」
ふん、と力を入れて肉体美を披露してくれる。かわいくてたくましい、僕の後輩。本当はこのままお喋りしていたいけれど、僕は先輩なんだからしっかりしなくちゃ。
「筋トレはとっても楽しそうだけれど、もうそろそろ着替えなくちゃ仕事に遅れてしまうよ」
僕がそう言ってスマホのロック画面に表示される時刻を見せると、北くんは慌ててドライヤーを片付ける。長いコードをくるくる巻く手を取って、途中から代わりに巻いてあげた。八時まであと二十分程度、朝は案外時間がないんだ。
「あとは僕がやっておくよ」
「ありがとうございます」
パタパタとリビングに向かう北くんを見送りながら、僕は良い先輩になれているかな、と思う。湊さんが僕に優しくしてくれたように、僕も北くんにとって優しい先輩になれていると良いけれど。
自分の髪の毛を梳かしていると、リビングから湊さんと北くんが話している声が聞こえる。その声はとっても穏やかで優しくて、僕はこうして大好きな先輩後輩と、たくさん一緒にいられて本当に幸せだなと思う。
「さあ、忘れ物はないかな」
湊さんが玄関のドアの前で、北くんにリュックを背負わせてあげる。出勤の準備はこれで完璧だ。
「はい、おかげさまで」
そう言って北くんは、僕たち二人のほうを向く。いつものやつだ、と思う。誰かがお出かけするときにやる、僕が大好きなやつ。
「湊さん、大崎さん、行ってきます」
湊さんの唇と北くんの唇が触れ合う。次は僕の番だ。ちゅっと音を立てるくらいしっかりキスをする。
「いってらっしゃい北くん、気を付けてね」
そう言って湊さんと二人で北くんを送り出す。ばたん、とドアが閉まって、北くんの姿が見えなくなった。この瞬間がいつも少し寂しいけれど、でも僕の隣には湊さんがいる。三人っていうのは、二人よりもずっといいなと思う。一人ぼっちで寂しい時間が少なくなるから。
「大崎くんは何時くらいに家に帰る?」
「お昼過ぎですかね、湊さん、お昼一緒に食べましょう」
僕がそう言うと、湊さんは嬉しそうに僕の腕を抱き締める。僕より少し小さな、僕の、僕たちのかわいい先輩。
「嬉しいなあ、昨日の残りの餃子もあるし、お昼からちょっとお酒飲んじゃおうか」
「良いですね!」
くすくす笑ってお互いの身体を撫でたりしながら、リビングに向かう。このままちょっとやらしいことをしたっていいし、またベッドに潜って寝てしまってもいい。今日という日は、まだ始まったばかりなのだから。